法的手段の前に / 制度解説

パワハラの慰謝料はどう決まる?考慮される事情と請求の流れ

この記事のもくじ
  1. パワハラの慰謝料とは:法律上の根拠と誰に請求するか
  2. 慰謝料の額に影響する事情:裁判例から読み取れる5つの視点
  3. 「相場」の数字を見るときの注意
  4. 慰謝料を請求する流れ:記録の整理から手続きまで

パワハラの慰謝料は、法律で「この言動なら〇円」と決まっているものではありません。話し合いでまとまらなければ、最後は裁判所が言動の内容・続いた期間・心身や仕事への影響・会社の対応などを総合して決めます。そのため、同じ「パワハラ」でも、公表されている裁判例の慰謝料には数万円から数百万円まで大きな幅があります。

自分の事情で請求が認められるか、いくらになるかの見込みは、記録をもとに弁護士に判断してもらう前提で読んでください。

パワハラの慰謝料とは:法律上の根拠と誰に請求するか

慰謝料は、精神的な苦痛に対する損害賠償です。民法第709条は故意や過失で他人の権利を侵害した人に損害の賠償を求め、第710条は財産以外の損害、つまり精神的な損害も賠償の対象になると定めています。パワハラの慰謝料は、この2つの条文を出発点に考えます。

請求の相手は、大きく2通りあります。

  • 加害者本人:言動をした上司や同僚。根拠は民法第709条(不法行為)。
  • 会社:従業員が「事業の執行について」他人に損害を与えた場合の使用者責任(民法第715条)や、労働者が安全に働けるよう配慮する義務(労働契約法第5条)を果たさなかった責任。

両方を相手にする組み立てもありえます。どちらに、どの根拠で請求するかで、使える手続きや時効が変わるので、パワハラで訴える相手は加害者個人か会社かで考え方を確かめてください。慰謝料のほかに治療費や休んだ間の収入減なども請求の項目になりえます。項目ごとの中身はパワハラの損害賠償で請求されうる項目で扱います。

慰謝料の額に影響する事情:裁判例から読み取れる5つの視点

厚生労働省のポータルサイト「あかるい職場応援団」は、ハラスメントに関する裁判例を要約して公開しています。その中から、金額や判断の理由が分かるものを見ると、裁判所が次のような事情を見ていることが分かります。

早見表:慰謝料の判断で見られる事情
視点 見られる中身 記録しておくもの
言動の内容・態様 人格を否定する言葉か、暴力か、業務の取り上げか 発言の録音・メール・メモ
期間・回数 1回か、何か月・何年続いたか 日付つきの記録の積み重ね
範囲 1対1か、同僚の前や一斉メールか 宛先・同席者の記録
結果 心身の不調、休職、退職、収入の減少 診断書・通院記録・給与明細
目的と会社の対応 業務上の目的があったか、相談後に会社が動いたか 相談した日時と会社の回答

具体的な裁判例で見てみます。いずれも上の公式サイトの要約によるもので、個別の事情を前提にした判断です。

1. 言い方と送った範囲が見られた例。 A保険会社上司(損害賠償)事件(東京高裁 平成17年4月20日判決)では、上司が「やる気がないなら、会社を辞めるべきだと思います」などと書いたメールを、本人と同じ職場の十数人に送りました。裁判所は、業務の目標達成を促すという目的自体は正当としつつ、表現が許される限度を超えているとして不法行為を認め、慰謝料5万円としました。目的・表現・送信の範囲を合わせて見ています。

2. 期間の長さと業務の取り上げが見られた例。 松蔭学園事件(東京高裁 平成5年11月12日判決)では、高校の教員が授業や担任などの仕事をすべて外され、4年6か月にわたり別室で仕事のない状態に置かれ、さらに5年以上の自宅研修を命じられました。一審は400万円、控訴審は600万円の慰謝料を認めています。

3. 人格を否定する言動と心身の不調が見られた例。 美研事件(東京地裁 平成20年11月11日判決)では、上司らによる罵倒・仲間外れ・退職に追い込むための配置換えなどが不法行為とされ、うつ状態などの傷害を生じさせたとして慰謝料が認められています。

4. 被害者側の事情で減額された例。 広島セクハラ(生命保険会社)事件(広島地裁 平成19年3月13日判決)は、パワハラではなくセクハラの事案ですが、損害賠償の考え方は共通します。裁判所は加害者らの責任と会社の使用者責任を認めたうえで、原告らが大声で笑って騒ぐなど、加害行為をあおったとみられる事情があるとして、損害額を2割減らしました。過失相殺の考え方を使ったもので、民法第722条第2項の趣旨に沿います。なお厚生労働省の解説は、場が乱れていたことや被害者側の落ち度だけで、加害者の責任がなくなるわけではないとも注意しています。

この4件の金額を並べて「自分の場合は〇円くらい」と推し量ることはできません。事件ごとに事実関係も、認められた証拠も違うからです。裁判例の読み方はパワハラの判例の読み方で詳しく扱っています。

「相場」の数字を見るときの注意

「パワハラ 慰謝料 相場」で検索すると、さまざまな金額が出てきます。数字を見るときは、次の3点を確かめてください。

  1. 判決の額か、和解・示談の額か。 判決は裁判所が認めた額、和解は双方が合意した額で、性質が違います。
  2. 慰謝料だけか、他の損害も含むか。 治療費・休業中の収入・解決金をまとめた額のこともあります。
  3. 出どころが公的か。 公表された裁判例や公的な調査かどうか。

公的な調査としては、労働政策研究・研修機構の報告書(2015年)が、労働局のあっせん・労働審判・裁判上の和解で支払われた解決金を比べています。ただし、対象は2012〜2013年の事案で、解雇や雇止めなどを含む雇用紛争全体の数字です。パワハラの慰謝料の相場として使うことはできません。解決金の性質はパワハラの解決金・示談とは?で整理しています。

慰謝料を請求する流れ:記録の整理から手続きまで

一般的な流れは次のとおりです。どこで止まるか、どの手続きを選ぶかは事情によって変わります。

  1. 記録を整理する。 日付・言動・同席者・心身の変化を時系列にまとめます。上の表の「記録しておくもの」が手元にあるか確かめます。
  2. 相談先に見せる。 弁護士、法テラス、総合労働相談コーナーなど。請求が成り立ちそうか、相手を誰にするかを一緒に考えます。
  3. 請求の意思を伝える。 書面で伝えることが多く、内容証明郵便が使われることもあります。仕組みはパワハラで内容証明を送る前にで扱います。
  4. 話し合い・労働局の手続き。 会社を相手に、労働局のあっせんや調停を使う道もあります。
  5. 裁判所の手続き。 会社を相手にする労働審判、加害者個人も相手にできるパワハラ裁判など。

弁護士に頼まず、自分で請求を進められる範囲はパワハラの慰謝料を自分で請求するときの手順で詳しく扱います。どの段階でも、時効の期限は進んでいます。退職後に考え始めた人は、前の記事のパワハラで退職した後に訴えることはできる?で日付の整理から始めてください。

よくある質問

Q. ネットで見る「パワハラの慰謝料の相場」は当てにしてよいですか?

公的な統計として「パワハラの慰謝料の相場」をまとめたものは見当たりません。民間サイトの数字は、どの事件を集めたのか、判決か和解かが分からないことが多いので、自分の事情に当てはめる材料にはしないでください。公的な調査として労働政策研究・研修機構の報告書がありますが、パワハラに限らない雇用紛争の解決金で、2012〜2013年の事案です。

Q. 慰謝料を請求すると、会社から逆に訴えられることはありますか?

請求すること自体は正当な手段ですが、請求の過程で事実と違うことを言いふらしたり、加害者の実名をネットに書いたりすると、名誉毀損などで逆に責任を問われるおそれがあります。請求は相手に直接、または相談先を通じて行い、外に公開しないことが基本です。

Q. 加害者が謝れば、慰謝料は請求できなくなりますか?

謝罪があったことは、慰謝料の額を考えるときの事情の一つになりえますが、謝罪だけで請求の権利がなくなるわけではありません。謝罪と一緒に「今後一切請求しない」という書面に署名を求められた場合は、その場でサインせず、持ち帰って弁護士などに見てもらってください。

出典・参考にした公的な情報

出典の確認日:2026-10-23。制度や受付条件は変わることがあります。手続きの前に、各窓口の最新の案内を確認してください。

この記事は一般的な情報で、個別の法律判断・医療的な診断をするものではありません。

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