パワハラの録音をSNSで公開していい?名誉毀損のリスクと別の手段
パワーハラスメント(パワハラ)の録音をSNSやYouTubeで公開するのは、おすすめできません。刑法230条は、公然と事実を示して人の名誉を傷つけた者を、その事実が本当かどうかにかかわらず罰すると定めており、録音が本物でも名誉毀損の問題になりえます。民事で損害賠償を求められる側に回ることもあります。録音を生かしたいなら、公開ではなく、社内の相談窓口・労働局・弁護士に渡すほうが、パワハラを止めたり償いを求めたりする手続きにつながります。
録音を公開すると問題になりうる法律
録音の公開で関わってくる条文を、刑事と民事に分けて並べます。罪になるかどうかは捜査機関と裁判所が事実から判断するので、下の表は「どの条文の形に近づくか」を示すもので、判定表ではありません。
| 条文 | 定めている内容 | 録音の公開との関係 |
|---|---|---|
| 刑法230条1項(名誉毀損) | 公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、事実の有無にかかわらず、3年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金 | 本物の録音でも、上司の評判を落とす形で公開すれば問題になりうる |
| 刑法230条の2(公共の利害に関する特例) | 公共の利害に関する事実で、目的が専ら公益を図ることにあり、真実であることの証明があったときは罰しない | 3つの条件をすべて満たし、真実の証明は公開した側が負う |
| 刑法231条(侮辱) | 事実を示さなくても、公然と人を侮辱した者は、1年以下の拘禁刑もしくは30万円以下の罰金または拘留もしくは科料 | 録音に添えた「無能上司」などの言葉が問題になりうる |
| 刑法232条・刑事訴訟法235条 | 名誉毀損・侮辱は告訴がなければ起訴できない。告訴は犯人を知った日から6か月以内 | 公開された上司の側が告訴するかどうかを決める |
| 民法709条・710条・723条 | 他人の権利を侵害した者は損害を賠償する。名誉の侵害では慰謝料も。名誉毀損では名誉を回復する処分も命じられうる | 刑事にならなくても、損害賠償や謝罪広告などを求められうる |
刑罰の名前は、現在の条文では「拘禁刑」になっています。古い解説に「懲役」とあるのは、改正前の書き方です。
「本当のことだから」「公益のため」が通りにくい理由
公開を考える人の多くは、「録音は事実そのものだから問題ない」と考えます。けれども230条は事実の有無を問わないので、録音が本物であることは、公開してよい理由になりません。
刑法230条の2は、公共の利害に関する事実で、目的が専ら公益を図ることにあり、真実であると証明されたときは罰しないと定めています。ただし、条件は3つそろう必要があり、証明するのは公開した側です。上司への怒りや仕返しの気持ちが動機にある投稿は、「専ら公益を図る」目的と言いにくくなります。仕返しの気持ちとの向き合い方はパワハラ上司に仕返ししたいときの記事で扱っています。
録音ならではの危うさもあります。
- 他人の声が入る。 同じ部屋にいた同僚、電話の向こうの取引先など、無関係の人の声や個人の事情まで広がり、その人たちのプライバシーを侵害したとして民法709条の責任を問われることもありえます。
- 切り取りで意味が変わる。 前後を切った音声は、聞く人に違う受け取り方をされやすく、「都合よく編集した」と反論される材料にもなります。
- 会社の規程に触れる。 録音の公開は、会社の情報管理や秘密保持の規程に触れるとして、懲戒の理由にされることもあります。
- 消せなくなる。 一度広がった音声は、転載や保存で残り続け、自分の意思で取り消せません。
公開の代わりに録音を生かす手段
公開でしたかったことが何かを考えると、より確かな手段が見つかります。目的ごとに、録音の渡し先を並べました。
| したいこと | 録音を渡す先 | この手段でできること |
|---|---|---|
| パワハラを止めてほしい | 会社の相談窓口、都道府県労働局 雇用環境・均等部(室) | 会社に事実確認と措置を求める。労働局の助言・指導・勧告や調停を使う |
| 謝罪や償いを求めたい | 弁護士、法テラス | 交渉・労働審判・訴訟の中で、録音を証拠として使うかを相談する |
| 会社の法令違反を正したい | 会社の内部通報窓口、権限のある行政機関 | 公益通報者保護法の要件に当てはまれば、通報を理由とする解雇の無効などの保護がある |
| 気持ちが限界でつらい | 心の相談窓口 | 公開する前に、気持ちを話して整理する |
渡すときは、元のデータを残して複製を渡し、時刻メモと文字起こしを添えます。手順はパワハラの録音を提出するときにまとめています。気持ちがつらくて限界に近いときは、仕事がつらい・限界のときの相談先から電話やLINEの窓口を選べます。
マスコミや報道機関に伝えたいとき
報道機関に伝えることも、公益通報者保護法の外部通報の一つになりえます。ただし、同法が対象にするのは、刑事罰や過料の対象となる法令違反の事実(通報対象事実)で、殴る・脅すなど刑法の罪に当たる行為は対象になりえますが、罰則のない言動のパワハラはこれに当たらない場合があります。報道機関などへの通報が保護されるには、社内や行政機関への通報より重い条件(信ずるに足りる相当の理由があり、社内や行政機関に通報すれば解雇その他の不利益な取扱いを受けると信ずるに足りる相当の理由がある、など)を満たす必要があります(3条3号)。
同法は2025年に改正され、通報者を探す行為の禁止や、通報を理由とする解雇・懲戒への罰則などは、消費者庁によれば2026年12月1日から施行されます。2026年10月の時点ではまだ効いていない点に注意してください。告発の方法ごとの違いはパワハラを告発する方法:社内通報・外部窓口・報道の違いで比べています。
すでに公開してしまったときにすること
勢いで投稿してしまった場合は、それ以上広げないことを優先します。
- 新しい投稿や返信で、さらに情報を足さない。
- いつ、どこに、何を投稿したか(日時・アカウント・内容)を手元にメモする。
- 投稿を消すか残すかを含め、早めに弁護士に相談する。法テラスでは、収入などの条件を満たせば無料の法律相談を受けられます。
- 会社や上司から連絡が来たら、その場で謝罪文や誓約書に署名せず、内容を記録して相談先に見せる。
公開してしまったことと、受けたパワハラの問題は、別々に扱われます。パワハラの記録を手放さず、録音の録り方と残し方を見直したいときはパワハラの録音の仕方から読み直してください。
よくある質問
Q. 上司の名前を伏せて、音声だけを公開するなら問題ありませんか?
名前を伏せても、声・話し方・話の中身・投稿者が誰かといった手がかりから、職場の人には誰のことか分かってしまうことがあります。特定できる形で広まれば、名前を出した場合と同じ問題が起こりえます。伏せ方で安全になると考えず、公開ではない手段を先に検討してください。
Q. 鍵をかけたアカウントや、同期数人だけのグループに流すのも危ないですか?
名誉毀損と侮辱の条文は「公然と」を要件にしていますが、条文そのものに定義はなく、限られた相手への送信でも転送や画面の保存で広がることがあります。どこからが「公然」に当たるかは事案ごとに判断されるので、少人数なら大丈夫とは言えません。録音は、手続きのために渡す相手以外には送らないのが安全です。
Q. 「録音を公開する」と会社に伝えて、謝罪や対応を求めてもよいですか?
公開をちらつかせて要求すると、相手の名誉に害を加えると告げて求める形になり、脅迫(刑法222条)や強要(223条)の条文の形に近づきうるので避けます。対応を求めるなら、録音を相談窓口や労働局、弁護士に渡し、その手続きの中で求めるほうが、話を前に進めやすくなります。
出典・参考にした公的な情報
- 刑法 第222条・第223条・第230条・第230条の2・第231条・第232条(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
- 刑事訴訟法 第235条(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
- 民法 第709条・第710条・第723条(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
- 公益通報者保護法 第2条・第3条(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
- 労働トラブルでお困りの方へ(無料法律相談の条件)(法テラス(日本司法支援センター))
- 公益通報者保護法と制度の概要(消費者庁)
出典の確認日:2026-10-23。制度や受付条件は変わることがあります。手続きの前に、各窓口の最新の案内を確認してください。
この記事は一般的な情報で、個別の法律判断・医療的な診断をするものではありません。