介護現場のカスハラ:利用者・家族からの暴言・セクハラへの対応
利用者や家族から叩かれる、怒鳴られる、体を触られるといった被害は、介護の現場では一人で抱え込まれがちです。厚生労働省の「介護現場におけるハラスメント対策マニュアル」は、身体的暴力・精神的暴力・セクシュアルハラスメントの3つをまとめて介護現場のハラスメントとし、事業所が組織で対応することを求めています。2026年10月1日からは、労働施策総合推進法第33条でも、カスタマーハラスメント(カスハラ)への措置が全事業主の義務になりました。
いま身の危険があるときは110番です。急がない相談は職場で暴力・脅しを受けたら:110番と#9110、警察への相談の仕方に、警察への相談の仕方があります。
厚労省マニュアルの3類型と、法律上の位置づけ
マニュアル(令和4年3月改訂)の整理は、次のとおりです。利用者や家族等の「等」は、家族に準じる同居の知人や近居の親族を指します。
| 類型 | マニュアルの説明 | マニュアルの例 |
|---|---|---|
| 身体的暴力 | 身体的な力を使って危害を及ぼす行為 | コップを投げつける、蹴られる、唾を吐く |
| 精神的暴力 | 言葉や態度で個人の尊厳や人格を傷つけたり、おとしめたりする行為 | 大声を発する、怒鳴る、特定の職員にいやがらせをする、「この程度できて当然」と理不尽なサービスを要求する |
| セクシュアルハラスメント | 意に添わない性的誘いかけ、好意的態度の要求等、性的ないやがらせ行為 | 必要もなく手や腕を触る、抱きしめる、入浴介助中にあからさまに性的な話をする |
法律の側では、カスハラ指針(令和8年厚生労働省告示第51号)が、顧客等に「施設の利用者及びその家族」を含め、福祉施設を施設の例に挙げています。対面だけでなく、電話やSNSなどインターネット上の言動も対象です。このマニュアルは2026年10月施行の法律より前の改訂版なので、事業所が措置を講じる法的な根拠は第33条と指針、介護現場での具体的な進め方はマニュアル、と使い分けて読んでください。厚生労働省の案内ページには、令和3年度の介護報酬改定で全ての介護サービス事業者にハラスメント対策の措置が義務づけられたとの記載もあります。
認知症などの症状による言動との分け方
マニュアルは、認知症などの病気や障害の症状として現れた言動(BPSD)を、「ハラスメント」としてではなく、医療的なケアでアプローチするものと位置づけています。認知症の診断を受けていなくても認知機能が低下している場合は、BPSDである可能性を前提にケアする、とも書いています。
ここで職員が押さえたいのは、次の3点です。
- ハラスメントか症状による言動かは、事業所だけで決めず、主治医(かかりつけ医)やケアマネジャーの意見も確認して判断する
- 症状による暴言や暴力でも、職員の安全に配慮する必要は変わらず、ハラスメント対策とは別に対応を検討する
- 職員が一人で抱え込まず、上長や事業所に報告・共有できるようにする
つまり「認知症だから仕方ない」で終わらせず、「症状の可能性があるので、安全を確保したうえで組織で対応する案件」として報告します。「利用料金の滞納」や「苦情の申立て」も、ハラスメントとは別の問題として扱われます。
事業所に求める対応:マニュアルと指針の中身を職員の視点で読む
マニュアルは、事業所が取り組むことを「基本方針の決定・周知」「マニュアル作成」「相談しやすい環境と窓口」「契約時のサービス範囲の説明」「利用者・家族への周知」などとして整理しています。カスハラ指針の措置(一人で対応させない、録音・録画、警察への通報など)と合わせて、職員が確かめる質問に直しました。
| 場面 | 確かめる質問 | 根拠にある考え方 |
|---|---|---|
| 方針 | 「ハラスメントは組織として許さない」という方針は、利用者・家族への説明(重要事項説明書など)に入っていますか | マニュアル:契約時にハラスメントの内容と、契約解除になりうる旨を伝える |
| 1対1の場面 | 訪問や入浴介助で、2人で行く・出口を確認するなどの決まりはありますか | マニュアル:1対1・1対多がリスク要因。訪問系は複数名の対応や逃げる経路の共有 |
| 情報共有 | 前の事業所やケアマネジャーから、暴力の経歴などの情報を事前に集めていますか | マニュアル:事前の情報収集と担当配置・申し送り |
| 性的な言動 | 同性介護や担当変更を頼める手順はありますか | マニュアル:同性介護が可能な環境でのシフト調整 |
| 報告 | 管理者への報告の様式と、報告した後の流れはありますか | マニュアル:「初動マニュアル」、報告・対応のフロー |
| 管理者の負担 | 管理者が一人で抱え込まないよう、法人本部が関わる体制ですか | マニュアル:管理者等への過度な負担の回避 |
| 外部連携 | ケアマネジャー、地域包括支援センター、医師、行政、警察への相談の窓口は決まっていますか | マニュアル:必要に応じて外部へ連絡・通報 |
特に、事業所側が契約解除を考える場面では、マニュアルは「正当な理由」が必要としています。正当な理由が肯定される可能性のある例として、利用者が職員に身体的暴力をふるい、関係者と話し合っても再発の可能性があり、複数名訪問などの再発防止策も拒否された場合が挙げられています。反対に、職員の不適切な言動に家族が暴言を口にしただけで、話し合いや担当者の変更もせずに直ちに契約を解除するのは、否定される可能性のある例です。職員から見ると、「すぐ契約を切ってもらう」と考えるより、担当の変更、複数名での対応、事前の説明を具体的に頼むほうが、事業所は動きやすくなります。
その日のうちの記録と、管理者への報告文例
被害を受けたら、利用者の安全と自分の安全を確保したうえで、その場で責任者に伝えます。記録は、次の項目を1件ずつ残します。
- 日時、場所(居室・浴室・訪問先)、その場にいた職員
- 言われたこと・されたことをそのままの言葉で
- 直前の状況(ケアの内容、本人の様子、発熱・痛み・混乱の有無)
- 自分の対応と、報告した相手・時刻
- けが・体調の変化、受診の有無
「直前の状況」を書くのは、相手を責めるためではなく、症状による言動か、サービス内容の誤解か、本当のハラスメントかを事業所が判断する材料になるからです。
文例(管理者への報告):「本日午後、〇〇様の入浴介助中に、腕を強くつかまれ、性的な内容の発言を繰り返されました。『やめてください』と伝えましたが続いたため、介助を中断して報告します。体調の変化は記録に書きました。今後の担当について、相談の時間をいただけますか。」
文例(家族からの暴言のとき):「ご家族から『こんなこともできないのか』と大声で何度も責められ、私一人では対応を続けにくい状態です。今後は、ご家族との連絡は主任か私以外の職員も同席する形にしていただけないでしょうか。」
セクハラの被害を受けたときのつらさが強い場合は、職場で性暴力を受けたら:#8891・#8103など24時間の相談先の窓口も使えます。
事業所が動かないとき
社内で動かないときは、都道府県労働局の雇用環境・均等部(室)へ相談できます。カスハラの事業主の措置義務に関する紛争は、労働局長の助言・指導・勧告(第36条)と調停(第37条)の仕組みがあります。相談したことを理由にした不利益な取扱いは禁止されています(第33条2項)。仕組みは労働局の助言・指導と調停にまとめてあります。
職員への暴力が犯罪に当たりうる行為(殴る、蹴る、脅す、居座るなど)のときは、警察に相談する道もあります(職場で暴力・脅しを受けたら:110番と#9110、警察への相談の仕方)。心身の不調が続くなら、労災の対象になりうる場合もあります(カスハラは労災になる?)。会社の義務の全体像はカスハラ対策義務化で会社は何をする?で確認できます。
飲食店や小売の接客で受けた被害は、飲食店・小売の接客でカスハラを受けたとき:店に求める対応と記録で同じ指針に沿って整理しています。
よくある質問
Q. 認知症の方に叩かれたときも、カスハラとして相談できますか?
厚生労働省のマニュアルは、認知症などの症状として現れた言動はハラスメントとしてではなく、医療的なケアでアプローチするとしています。そのうえで、症状による暴言や暴力であっても職員の安全に配慮する必要は変わらず、ハラスメント対策とは別に、医師やケアマネジャーと連携して組織で対応すると書いています。報告と記録は、どちらの場合も残してください。
Q. 入浴介助中に性的な話をされたり触られたりします。断ると利用者を傷つけそうで言えません。
マニュアルは、必要もなく手や腕を触る、抱きしめる、入浴介助中にあからさまに性的な話をすることを、セクハラの例に挙げています。我慢する前に管理者へ報告し、担当の変更や同性介護の調整を頼めます。マニュアルも、同性介護が必要な利用者であれば、可能な環境でシフトを調整する対応を示しています。
Q. 利用料の支払いが遅れる家族に、強く言われます。これもハラスメントですか?
マニュアルは、利用料金の滞納自体はハラスメントではなく債務不履行の問題として別に対応するとしています。ただし、支払いをめぐる場面での怒鳴る、居座るといった言動は、ハラスメントに当たることがあるとも書いています。言動の部分だけを記録して管理者に伝えます。
出典・参考にした公的な情報
- 介護現場におけるハラスメント対策マニュアル(令和4年3月改訂)(厚生労働省)
- 介護現場におけるハラスメント対策について(マニュアル・研修の手引き・事例集の掲載ページ)(厚生労働省)
- カスタマーハラスメントに関する指針(令和8年厚生労働省告示第51号)(厚生労働省)
- 労働施策総合推進法 第33条・第36条・第37条(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
出典の確認日:2026-10-24。制度や受付条件は変わることがあります。手続きの前に、各窓口の最新の案内を確認してください。
この記事は一般的な情報で、個別の法律判断・医療的な診断をするものではありません。