社長のパワハラを訴える前に:中小企業で取れる手段と準備の順番
社長のパワハラを「訴える」方法は、裁判だけではありません。労働局の助言・指導や調停、あっせん、裁判所の労働審判、民事訴訟があり、相手(会社か社長個人か)、費用、公開されるかどうか、相手が応じなかったときの扱いがそれぞれ違います。どれが合うかの結論は弁護士に事実を見せて判断してもらうものですが、相談の前に手段の違いと準備の順番を知っておくと、限られた相談時間を有効に使えます。
社長を「訴える」手段は1つではない
社長が経営する中小企業では、会社と社長がほぼ一体に見えますが、法律上は「会社(事業主)」と「社長個人」は別の相手です。手段によって、相手にできるのが会社だけか、個人も含むかが分かれます。
| 手段 | 相手 | 費用 | 公開 | 相手が応じないとき |
|---|---|---|---|---|
| 労働局長の援助(助言・指導・勧告) | 事業主(会社) | 下の注記 | 下の注記 | 勧告に従わせる強制力はなく、ほかの手段へ |
| 紛争調整委員会の調停 | 事業主(会社) | 下の注記 | 下の注記 | 調停案の受諾は任意。打ち切りもある |
| 紛争調整委員会のあっせん | 事業主(会社) | 無料 | 非公開 | 相手が参加しなければ打ち切り |
| 労働審判 | 事業主(会社) | 申立ての手数料と郵便料 | 非公開 | 審判に異議が出れば訴訟へ移る |
| 民事訴訟 | 会社、社長個人、またはその両方 | 申立ての手数料など | 原則公開の法廷 | 判決で終わる(和解もある) |
援助と調停の費用・公開の有無は、申請前に雇用環境・均等部(室)に確かめてください。総合労働相談コーナーでの相談は無料で、あっせんは無料・非公開です。
労働局の手続きは2つの系統に分かれます。会社がパワハラ防止の措置を講じたか、相談したことで不利益に扱われたか、をめぐる紛争は、労働施策総合推進法の援助(第36条)と調停(第37条)で扱われます(第35条で、個別労働関係紛争解決促進法のあっせん規定を外しています)。それ以外のいじめ・嫌がらせや損害賠償などの紛争は、同促進法の助言・指導とあっせんの対象です。どちらに当たるか迷っても、総合労働相談コーナーで相談すれば振り分けてもらえます。違いの詳細は労働局の助言・指導と調停で説明しています。
相手は会社か、社長個人か
民法では、故意や過失で他人の権利を侵害した人は損害を賠償する責任を負い(第709条)、精神的な損害(慰謝料)もその対象です(第710条)。また、従業員が事業の執行で第三者に与えた損害については、使用者も責任を負うとされています(第715条)。さらに労働契約法第5条は、会社に労働者の安全への配慮を求めています。
この結果、社長のパワハラでは、社長個人の責任と会社の責任の両方を問う構成がありえます。ただ、労働局の手続きと労働審判は、労働者と事業主の間の紛争を扱うしくみで、社長個人を相手方にはしません。社長個人も相手にしたい場合は民事訴訟になります。誰を相手にするのが自分の状況に合うかは、責任の種類を整理したパワハラで訴える相手は加害者個人か会社かを読んだうえで、弁護士に相談してください。
慰謝料の額は、言動の内容・期間・心身への影響など多くの事情で変わり、この記事で見込みを示すことはできません。考慮される事情の一般論はパワハラの慰謝料はどう決まる?にあります。
費用と期間のめやす
労働局の助言・指導とあっせんは、厚生労働省の案内で利用が無料とされています。調停(第37条)の費用は、申請の前に雇用環境・均等部(室)で確かめてください。
労働審判は裁判所の手続きで、特別の事情がない限り3回以内の期日で審理を終えるとされています(労働審判法第15条)。裁判所の公式ページは、平成18年から令和6年に終わった事件の平均審理期間を82.6日としています。申立ての手数料は求める金額に応じて決まり、筆者が民事訴訟費用等に関する法律の別表第一から計算すると、100万円を求める場合で5,000円、300万円で1万円です(郵便料は別。正確な額は裁判所の手数料早見表で確かめてください)。
民事訴訟は公開の法廷で行われ、事実に争いがあると長くかかることがあります。弁護士に依頼する場合は、相談料・着手金・報酬金が別にかかるため、最初の相談で見積りの出し方を尋ねておきます。労働審判の手続きの流れは労働審判の流れにまとめています。
相談前の準備の順番
社長を相手にすると決めたら、相談の前に次の順で準備します。順番を守ると、期限を逃したり、在職中に資料を失ったりするのを防げます。
- 記録をそろえる。 日時・場所・言われた言葉・同席者・その後の影響を時系列に並べた表を作る。メールやLINE、録音があれば日付と一緒に整理する
- 期限を確かめる。 損害賠償の請求には期限があります(民法第724条)。どの期間が当てはまるかは個別の判断なので、古い出来事がある人ほど早めに相談してください
- 資料の控えを確保する。 給与明細、労働条件通知書、就業規則(ある場合)、診断書や通院の記録。退職後は手に入れにくくなるものから先に
- 相談先を決める。 無料で始めるなら総合労働相談コーナー、法的な判断が必要なら弁護士・法テラス
- 聞くことを書き出す。 「どの手段が合うか」「相手は会社か社長個人か」「費用と期間の見積り」「在職中に動くリスク」
時効の考え方はパワハラの時効は何年?、弁護士の選び方はパワハラを弁護士に相談するときの選び方で詳しく説明しています。社長の親族が加害者になっている会社の場合は、次の記事の家族経営の会社のパワハラ:社長の家族が加害者のときの相談先も参考にしてください。
よくある質問
Q. 社長個人を訴えることはできますか?
民法には、故意や過失で他人の権利を侵害した人が損害を賠償する責任(709条)と、従業員が事業の執行で与えた損害について使用者が負う責任(715条)が定められていて、加害者本人と会社の両方に責任を問う構成がありえます。ただし、労働審判や労働局の手続きは労働者と事業主の間の紛争を扱うもので、社長個人を相手にするなら民事訴訟になります。誰を相手にどの請求をするかは、記録を持って弁護士に相談して決めてください。
Q. 在職中に訴えると、会社に居づらくなりませんか?
労働局の援助や調停を求めたことを理由とする不利益な取扱いは法律で禁じられていますが、社長が相手の小さな会社では、関係が気まずくなることは避けにくいのが実情です。在職中に動くか、退職してから動くかは、時効までの期間、生活の見通し、体調を合わせて考えます。退職後でも使える手続きは多いので、辞める前に記録と資料の控えを確保しておくことが大切です。
Q. 弁護士に頼むお金がありません。
法テラス(日本司法支援センター)には、収入や資産が一定以下などの要件を満たす人向けの無料法律相談(同じ問題で3回まで)と、弁護士費用の立替えの制度があります。労働局の助言・指導とあっせんは利用が無料とされていて、総合労働相談コーナーでの相談も無料なので、費用が心配なときはそこから始める方法もあります。
出典・参考にした公的な情報
- 労働施策総合推進法 第35条〜第37条(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
- 個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
- 個別労働紛争解決制度(労働相談、助言・指導、あっせん)(厚生労働省)
- 労働審判手続(裁判所)
- 労働審判法(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
- 民法 第709条・第715条・第724条(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
- 民事訴訟費用等に関する法律 別表第一(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
出典の確認日:2026-10-23。制度や受付条件は変わることがあります。手続きの前に、各窓口の最新の案内を確認してください。
この記事は一般的な情報で、個別の法律判断・医療的な診断をするものではありません。